高校生の時に「オステオパシー」と出会い、18歳でJCOに入学。現在は都内で施術院を経営しながら、筋膜・リンパに関する教育団体で講師もされている高垣先生。オステオパシーとの出会いから、これまでの軌跡について、お話を伺いました。

プロフィール

高垣 俊介, MRO(J)

池袋オステオパシー施術院 院長
国際筋膜研究会 副会長 兼 事務局長

広島県 福山市 出身
高校卒業後すぐに上京し、JCOに入学。
卒業後は10年間の修業時代を経て、池袋オステオパシー施術院を開院。
施術院の経営のかたわら、こどもオステオパシーセンター副院長、国際筋膜研究会副会長兼事務局長としても従事。
趣味は絵画、アクセサリー制作。最近では、休日はもっぱら畑仕事に精を出しており、公私ともに充実した日々を過ごしている。
https://sites.google.com/view/ikebukuro-osteopathy/%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97?authuser=0

1. 「オステオパシー」という言葉に惹かれてJCOへ

ーー オステオパシーには、いつころ、どのようにして出会ったのですか?

高校2年生の時に、アンドルー・ワイル著『癒す心、治る力』を読み、初めて知った「オステオパシー」という言葉に惹かれました。まず、カタカナの字面がよいなと思いました。そして「これってなんだろう?」と興味を持ちました。

私の家族は皆健康意識が高く、食事はオーガニックなものだけで、水は浄水器の水しか飲まず、風邪をひいても薬は飲まないという家でした。それもあって食べ物への興味が強く、小学生の頃から栄養学のセミナーに出ていました。

中学生までは栄養士になろうとも考えていたのですが、食事というのは指導を受けて自分でしっかりやればできてしまうことだと思い、その頃には栄養学を仕事にする気持ちは薄れてきていました。そんな時にこれまで聞いたこともない「オステオパシー」という仕事を知り、身の回りでは誰もやっていないからこれをやろう、と思いました。

それからインターネットで調べてみると、東京にオステオパシーを教える学校があることが分かりました。東京に出てみたいという気持ちもあったので、上京して学ぼうと思いました。また、JCOには解剖実習がありました。小さい頃から解剖をやってみたかったので、医学部に入らなくても解剖ができるというのもJCOを選んだ理由の一つです。

ーー ● 高校卒業後すぐにJCOに入学することについては、ご両親や学校の先生はどのような反応でしたか?

両親はもともと子供の希望には反対せず、応援してくれる人達でした。しかし、学校での成績は良かったことから、担任の先生や塾の先生からは大学に進学した方がよいのではないかと反対されました。その中で塾の数学の先生ただ一人が、「調べてみたらよさそうだよ。行ってみたら?」と賛成してくれて、心強かったのを覚えています。

2. 東京での学生生活

ーー  そしてJCOに入学したのですね?東京での暮らしはどうでしたか?

東京での楽しい一人暮らしが始まり、学校に入ったばかりの頃は原宿などに行って遊びました。しかし、当時の先生の一人が、「自分は鍼灸の学校に5年間通ったが、一切遊ぶことなく勉強をした」という話をしてくれ、それなら私も勉強に専念しようと、それからは遊びを一切やめて学業に専念しました。

ーー  アルバイトはしていましたか?

当時のJCOは、授業が午前中と夜間(注:当時、昼間部の学生は夜間部の授業も自由に受講できた)にあり、午後の時間が空いていたので、その時間はアルバイトをしていました。ある先生に、「人の体に触る仕事をしておかないと、上手くならない」と言われたので、接骨院で4年間働きました。

ーー ● 学校の勉強はどうでしたか?

私が入学した頃は、学校の体制が一時的に不安定になっていた時期で、授業も楽しく感じられず、辞めようと思うこともありました。しかし3年生になった時、講師陣が刷新され、新しい先生が入ってきました。現在の学長である平塚佳輝先生など、海外でオステオパシーを学んだ先生が講師陣に加わり、また基礎医学の先生も医学部で教えておられた先生が教鞭を取るようになりました。それで授業のレベルが急激に上がり、それ以降勉強はとても楽しくなりました。特に「オステオパシーの哲学」や「病理学」は楽しかったです。

ーー ● 学校生活で、楽しかった想い出はありますか?

当時は文化祭や合宿が毎年あり、このようなイベントは楽しかったです。それに年一回程度、講師と学生が一緒になって行うレクリエーションのイベントがありました。骨の模型を毛布でくるんで、それを触診してどこの骨から当てたり、解剖学クイズをやったり。得点をつけていき、総合得点での優勝者は景品をもらえました。これは盛り上がったし、楽しみながら学ぶことができてよかったです。

3. 10年間の修業を経て独立へ

ーー ● 卒業後は10年間修業を積まれたとHPにありますが、修行の過程を教えてください。

学校を卒業した時点で、声をかけてくださっていた先生もいたのですが、MRO(J)の資格試験(注:日本オステオパシー連合認定のオステオパスの資格)には受かったものの自信が持てず、今後どうしようかと悩んでいました。そんな時、立川オステオパシーセンターの平塚晃一先生からも声をかけていただきました。当時の私は、「直接法(注:オステオパシーのテクニックの一つで、スラストなどを含む)」の授業で試験を落としてしまったこともあり、このテクニックに苦手意識がありました。平塚先生は「直接法」を得意としており、先生の下で働けるのは苦手分野を克服するよい機会だと考え、社員として働くことにしました。

立川オステオパシーセンターで働いたのは1年間でしたが、おかげさまで「直接法」に自信がつきました。立川では院長先生、副院長先生とも、とてもよくしていただいたので、もっと長く働きたかったのですが、請われてJCO付属クリニックの院長を務めることになりました。当時は週6日働いていました。その後、池袋にあった学校OGの施術院で8年間勤めました。

こうした修業時代を通じて、臨床でどのようにやっていけばよいのか、知ることができました。また、開業の準備をするステップとしてもよかったです。勤務していた頃は、開業に向けて必要なことを手帳にメモするようにしていました。例えばスリッパは前空きのものがよいなど、細かいことをチェックしたりしました。必要な備品についてのデータを揃えることができ、開業時に備品の購入で失敗せずに済みました。

ーー ● 開業に至る経緯について、教えてください。

卒業して5年経った頃から、独立開業を本格的に考えるようになりました。なかなかよい物件が見つからなかったのですが、理想通りの物件が見つかった段階で独立開業しました。

ーー ● 開業するまでに大変だったことはありましたか?

大変だったことはありません。修業時代が長かったので固定客が既におり、開業当初から集客に困ることもありませんでした。卒業してすぐ開業した場合、やはり最初は集客のために頑張る期間がありますが、それがなかったので「開業ってこんなに楽なんだ!」とも感じてしまいました。

4. 公私ともに充実した現在の生活

ーー ● 現在のお仕事について教えてください。

現在は池袋駅から徒歩5分ほどの住宅街で、施術院を経営しています。営業時間は10時〜19時で、水曜日と日曜日が休みです。

ーー ● クライアントはどんな方が多いですか?

まだ学生の頃から私のクライアントだった方で、プライベートでも仲良くさせていただいている方がいるのですが、その方が後にバレエの先生をされるようにり、自分の生徒さんなどバレエ関係の方にお勧めしていただいています。そんなご縁もあって、バレエなどのダンサーの方が多いです。全国から来ていただいていますし、海外在住の方が帰国された際にご来院いただくこともあります。

「こどもオステオパシーセンター」での仕事も10年以上続けているので、小児のクライアントも多い方だと思います。池袋の施術院でも、1〜2割が小児のクライアントです。

ーー ● 標準的な平日(仕事のある日)の過ごし方を教えてください。

通常は朝7時に起床して、8時には家を出て、9時頃には職場につきます。それから1時間掃除をして、10時に開院します。19時に仕事が終わるとすぐ帰宅し、食事後は近所のゴールドジムで汗を流します。23時頃に再び帰宅して就寝というのが、日常的なスケジュールです。

ーー ● 健康的ですね。

テレビも観ないので、最近の話題についていけないのですが。

ーー ● 休日はどのように過ごしていますか?

最近は畑で野菜を育てています。今はじゃがいもや夏野菜を育てているところです。施術院のお隣が、趣味で習っている盆石((ぼんせき)注:黒塗りのお盆の上に白い砂や石を置いて小さな庭園をつくる日本の伝統芸術)の師匠のお宅なのですが、そちらのお庭の手入れをすることもあります。

ーー ● オステオパスの仕事で充実していると感じるのはどんなところですか?

絶えずクライアントに来ていただいているので、その方達の役に立つことはできているんだろうな、と感じています。

ーー ● 仕事で大変なことはありますか?

オステオパスとしての仕事では、大変だと感じることはないです。国際筋膜研究会という団体で勉強会などのイベントが毎月あるのですが、そのための講義資料の準備や会の運営の方が大変です。

5. 理想の施術院を創る夢

ーー ● 将来実現したいことやビジョンはありますか?

オステオパスとしてのキャリアを約40年間と考えると、ずっと物件を借りてテナント料を払い続けるのはどうかなと思っており、購入した物件で施術院をやりたいという気持ちがあります。いつかは庭つきで畑もできる、趣味と仕事を一緒にできるような理想の場所を持つのが、将来の夢です。それは東京ではなく、地方になるかもしれませんが。

6. これからオステオパスを志す人達へ

ーー ● 素晴らしい夢ですね。最後になりますが、これからオステオパスを志す人、特に高校卒業後すぐにオステオパスへの道を踏み出す若い方に、伝えたいことはありますか?

運の良し悪しもありますが、誰にでもできる仕事だと思っています。ただ向き不向きはあります。やはり接客業ですので、人間が好きな人、気が利く人が向いていると思います。私たちの仕事では、人の変化に気づくことが必要になってくるので。

私自身、これまで自由にやってきて、このようにやっていけているので、続けていければ誰にでもできますよ。

ーー ● 継続が大切、ということですね。今日は貴重なお話しを聞かせていただき、ありがとうございました。

インタビュアー・執筆者:佐藤 鉄也
JCO講師
JCO広報・マーケティング担当